手術手技:マイクロサージャリー

マイクロサージャリーとは手術用の顕微鏡を用いて約10から30倍に拡大して手術を行うことを示し色々な診療科で使われています。

特に形成外科・手外科分野では重要な役割をし、神経や血管、さらにはリンパ管の修復に使われます。臨床的には、切断された指の再接着術、手指の血管・神経損傷に対する血管吻合神経縫合、さらには失ってしまった組織の再建のために行われる再建外科においてマイクロサージャリーは活躍します。

ここで言う血管や神経はおよそ0.3mmから3 mm程度のものを考えていただければよいと思います。どのようにつなぐかと言いますと、これもやはり他の手術手技と同様糸と針を使って縫います。ただしスケールが一般的な外科手技とはかなり異なってきます。使われるのは髪の毛よりも細い糸であり、その糸の先にはこれもまた極めて小さい針がついています。

この針糸を使って細い血管や神経を縫いますが、その時に用いる器械も細く、極めてデリケートな作りになっています。このデリケートな器械と微細な針糸を使って、一針一針顕微鏡をのぞきながら丁寧に縫ってゆくのがマイクロサージャリーの基本です。

当院では神経損傷の手術、指の組織欠損修復の手術を始めとして、透析用のシャント作成術、さらには眼瞼下垂手術に至るまでマイクロサージャリー技術を用いております。

髪の毛よりも細い糸

マイクロサージャリーで使う針糸は髪の毛よりも細いと言われます。この針糸が一体どのくらい細いのかと言いますと、現在製品として生産されている一番細い糸は直径10μ(0.01mm)、針の太さは30μ(0.03mm)だそうです。こうなると肉眼ではかなり目を凝らせないと見えません。これらは直径0.3mm以下の血管やリンパ管などをつなぐときに使いますが、顕微鏡手術を行っている術野に当たる光の熱や、体温などの影響で発生したわずかな上昇気流によっても糸はたなびくほどです。この辺がマイクロサージャリーで扱う細さの極限かもしれません。一般的なマイクロサージャリーでは0.5mm以上の血管や神経をつなげることが多く、その場合はこれよりやや太い針糸を使います。

血管吻合

一般に血管吻合といいますと、たとえば大動脈瘤での人工血管置換手術や心臓の冠動脈バイパス手術が想像させること思います。血管吻合は今から約100年前に開発され、その後の外科治療に大きく寄与してきました。現在、一般外科・血管外科で行われる血管吻合は多くて5倍程度のルーペを用いておこなわれており、扱われる血管も数センチから5mm程度のものが多いようです。

一方、形成外科・手外科領域での血管吻合は、手術用顕微鏡を使い、10倍から30倍、時には50倍程度の拡大率で行われ、対象とする血管も5mm以下、多くは1〜3mm程度のものが多く、時には0.2〜3mm程度のものまでを縫ってつなげます。これらの技術は、切れた指をつなげる再接着術や人体各部の組織が失われた際に、別の場所から組織を血管付で採取し、欠損部に移植する再建外科手術において重要な手技となります。

神経縫合

切れてしまった神経を手術用顕微鏡下につなぐ事を指します。このほかに損傷が著しく、切れてしまった神経どうしをつなぎ合わせることが出来ない場合に、そのギャップを埋めるために、別の場所から神経を採取したり、人工の神経を使ってギャップを埋めたりする手技も神経縫合の一種です。血管吻合の場合、吻合後血流はすぐに再開しますが、神経縫合では縫ってもすぐに神経が回復するわけではありません。

元々神経というのは極めて細い神経線維がちょうど電話線のように束になって構成されています。顕微鏡でつなぐとは言いましてもこれら微細な束の一本一本をつなげることは不可能で、可能な限り正確な位置関係になるように配置してつなげるのが精一杯です。さらに、神経の場合、切れた場所から先ほどの微細なファイバーの中を細胞質がのびてゆき、感覚受容器や運動終末に達するため、神経縫合をしてからしばらくしてからでないと回復の兆しが見えてきません。また回復が終わっても完全に元のようなることは難しく、感覚神経ならば「しびれ」が運動神経ならば「運動麻痺」が程度の差こそあれ残ることになってしまうことは致し方ありません。

手首から指までの、手の領域に限ってみますと、その内部には正中神経と尺骨神経から分かれて、感覚を司る感覚神経と、手内筋とよばれる、小さな筋肉の動きを支配する運動神経が分布しています。指の部分は全て感覚神経ですが、それ以外の手の平部分には運動神経と感覚神経が走行しています。このうち運動神経だけが外傷等で損傷を受けると、しびれはないのですが細かい精密な運動が出来なくなります。

再接着術

再接着術とは切断されてしまった指や手、あるいは腕などを文字通りつなぐことを意味します。つなぐとは言いましても、切れた断面同士を糸で縫い合わせただけではうまくいきません。各々の断端の血管どうしを縫い合わせて血流を再開する必要があります。

例えば指の場合ですと、太さが0.3mmから1.5mm程度の動脈とそれよりもやや太い静脈の両方をつなげることによって初めて血流を再開させること、つまり生かすことが可能になります。さらに、これだけでは指の機能としては不十分ですので、神経もつながないといけませんし、屈筋腱・伸筋腱も縫合しなければなりません。もちろん骨の固定を行うことも忘れてなりません。そのため、一本の指をつなげるためには最低でも3、4時間程度はかかってしまいます。

この再接着術において最も重要なことは、つないだ血管が詰まらないこと、つまり吻合部に血栓が出来ないことでしょう。血管が詰まって血液が流れなくなってしまってはせっかくの努力も水の泡となってしまいます。1mm前後の血管を正確にかつ血栓が起こらないように縫うためには手術用顕微鏡を用いるマイクロサージャリーの技術が不可欠です。

再建外科

ケガや腫瘍をとった後の組織の欠損を再建する外科を再建外科と言います。この再建外科で最も有効な方法の一つが、血管をつけたまま組織を採取して、組織の欠損部に持っていって、そこの血管とつなげる血管柄付き遊離組織移植と呼ばれる方法です。その血管をつなげることもまたマイクロサージャリーの技術によって行われます。