手根管症候群
手根管症候群
絞扼性神経障害の中で最もポピュラーな疾患と言えるかも知れません。主な症状は親指から薬指にかけてのしびれです。そして典型的な場合、薬指のしびれは親指側の半分に限局しており、小指側の半分と小指自体にはしびれは見られません。このしびれ感は朝方が強く、症状が進行しますとしびれや痛みによって目が覚めてしまうこともあります。
原因は、正中神経と呼ばれる神経が、手首の所の手根管と呼ばれるトンネルの中で圧迫されることによります。この手根管というのは手首の付け根の手根骨、と呼ばれる複数の骨が集まって出来るアーチ状のへこみと、その上を覆う靱帯の蓋によって構成されます。このトンネルの中には親指から小指までを曲げるための9本の腱といっしょに正中神経が通っており、ちょうど満員列車のような状況を呈しております。先ほども書きましたがこのトンネルは骨と堅い靱帯によって出来ておりますし、腱もまたある意味硬い組織と言えるでしょう。もし何らかの原因でこの手根管の内部の圧力が上がったり、手根管自体が狭くなったりすると、しわ寄せは手根管の中身で最も柔らかい神経に来ることになります。つまり、神経が圧迫されて症状が出るのです。
この内圧が上昇する原因としては、ホルモンのアンバランス(周産期、更年期)や手の過度使用、さらには関節リウマチや結核などがあります。また手根管自体が狭窄するものとしては橈骨遠位端骨折後の変形、手根骨脱臼などがあります。
手根管症候群を診断するための有名な検査にPhalen test(ファレンテスト)と言うものがあります。これは手首を手のひら側に曲げてしばらくおくと、手根管症候群の場合はしびれなどの症状が強くなります。これも手首を曲げることによって手根管内圧がさらに高まることを利用したものです。
さてこのように神経の圧迫が原因となって指にしびれが生じますが、もう一つ忘れてならないことは、この正中神経が知覚だけではなく運動もつかさどっているということです。簡単に言いますと、正中神経は母指球と呼ばれる親指の付け根の筋肉を動かすための信号を送っているということです。この母指球の筋肉は人が手を使う上で極めて重要な筋肉で、母指の対立運動を可能にしています。
対立運動とは平たくいいますとつまみのための運動です。皆さんの手を見ていただくとおわかりと思いますが、親指のツメは手を開いたときにはほとんど他の指と同じ方向を向いています。ところがこの親指と他の指でつまみを行おうとすると親指の爪は他の指と相対する方向を向きます。この動きこそが手の機能の中で最も重要なものであると言っても過言ではないと思います。そして、この動きをコントロールしているのがまさに正中神経の運動枝と呼ばれる神経なのです。
手根管症候群が進行しますとこの運動枝にも影響が及び、母指球の筋肉の動きが次第に悪くなってきます。見た目には手根管症候群が進行すると母指球部が痩せてきます。「指はしびれるし、親指の付け根も痩せてきた」場合は手術を考慮すべき、かなり進行した手根管症候群と考えて頂いてよいと思います。この状態を放っておくと母指球の高まりはすっかり無くなり、対立運動も出来なくなってしまいます。ここまで放置すると、たとえ手根管症候群の手術をしても筋肉運動の回復は期待できませんので、腱移行術という手術によって親指の対立運動を回復させることになります。
検査としては、先ほどのPhalen testの他に、Tinel sign(チネルサイン)と呼ばれる現象を確認いたします。またSemmes-Weinsteinテスターという器具を用いて指の感覚を調べ、さらに神経内の電気信号の伝わり具合を調べるために、特殊な装置を用いて神経伝導速度を測定します。
さて、手根管症候群の治療ですが、軽症の場合は手根管内へのステロイド注射や、夜間の添え木の装着によって軽快することもあります。一方、夜間の痛みが強い場合や、先ほどの母指球の膨らみが痩せてきた場合は手術が選択されます。
手術では手根管の蓋を構成する靱帯を切って手根管を広げます。その方法として内視鏡による場合と、直視下で行う場合があります。当院では直視下による方法を行っており、その場合手首の付け根の2−3cm程の切開を利用して靱帯を切開します。
術直後は手首に包帯を巻かせていただきますが、指は無理のない程度で、普通に動かしていただいて結構です。手術翌日にキズのチエックをさせていただきますが、その後はご自分でケアをなさってください。その場合、きれいな水(お湯でもかまいません)で傷口を軽く洗っていただいた後に、処方しました抗生物質入りの軟膏をキズの縫合部に塗布し、バンドエイドを貼付してください。普通サイズのバンドエイドで十分傷口を覆うことが出来ます。ただ、御心配な方はクリニックに消毒に通っていただいても結構です。
抜糸は通常1週間から10日で行います。抜糸をしましても傷口の強度はあまり強くありませんので、さらに2週間ほどは無理をなさらないことをお勧めいたします。
手根管症候群の術後ですが、抜糸後2週目頃からキズ自体の痛みと同時にキズの深い部分にも痛みが起こって来る、ということを是非覚えておいてください。この痛みは通常3ヶ月から半年ほどで改善いたします。また、握力の回復にもおよそ3ヶ月程度かかります。