手のしびれ

手のしびれ「しびれ」という言葉は人によって様々な使われ方をすることがあります。たとえば、感覚が鈍感になって、触っても感じない場合。あるいは、触るとビリビリといやな感じがする場合。また人によっては力が入らない事も「しびれ」と表現される場合があるようです。そもそも「しびれ」感とは自分で自覚するものですからそれを正確に言い表すこと自体が難しいと言えるでしょう。

次に、「手のしびれ」をおこす病気について考えて見ます。「しびれ」の原因が、神経に関係しているという事は誰でも容易に想像される事と思います。そして、その神経は中枢神経と末梢神経に分類されます。さらにどちらの神経も、呼吸し栄養を吸収する「生きている」細胞によって成り立っています。ですから、同じ「しびれ」でも中枢神経か末梢神経のどちらがダメージを受けたのか、そしてそのダメージは一体何によるものなのかと考えてゆくと、とても多くの要因によって症状が起こるであろう事が想像されると思います。そして、小さな「しびれ」の症状が、思いもよらぬ重篤な病気のサイン、例えば手の病気だと思ったら、実は脳や全身の病気であることも珍しくはありません。そのため、この解説では診断のお役に立つことを目標としておりません。あくまで手や腕を原因として手のしびれを起こす病気について、個々の症状と治療法について断片的に解説をするだけですので、どうか自己判断なさらずに適切な医療機関を受診されることをお勧めいたします。

中枢神経先ほど、神経は中枢神経と末梢神経に分類すされると書きましたが、中枢神経はさらに脳と脊髄に、また末梢神経は脊髄から出る脳脊髄神経と自律神経に分かれます。このうち、「しびれ」をおこす可能性のあるのは、脳と脊髄と脳脊髄神経です。話がかなりややこしくなってまいりましたが、「手のしびれ」ということに限ってみますと、原因は手か腕か首か頭の中か、さらには全身的な疾患に関係があると言えましょう。このうち、手外科の守備範囲は簡単に言いますと手や腕に原因する「しびれ」ということになります。ただし、必ずしも原因は単独であるばかりではありません。例えば、手や腕と首の両方が原因となっている「しびれ」もありますので、注意が必要でしょう。

さて、手や腕が原因の「手のしびれ」についてですが、大まかにいいますと橈骨神経、正中神経、尺骨神経の3本の神経が関係しています。そして、ケガによる場合を省くと、これら3本の神経が走行途中のどこかで圧迫されたことが「しびれ」の原因となることが多いようです。ちょうど長い時間正座をしていた後に足がしびれることに似ています。
このように神経が圧迫されてしびれを生ずることを絞扼性神経障害とよび、3本の神経各々について、主に以下のような疾患が見られます。

神経の絞扼性神経障害

さらにこの他に、首から出た神経が鎖骨の付近で圧迫される胸郭出口症候群とよばれる疾患もありますがここでは省きます。

手のしびれについてセルフチェックをしてみる

橈骨神経の絞扼性神経障害

橈骨神経管症候群

手のしびれというよりも痛みが肘の外側に起こり、手首の方に放散します。さらに握力の低下や、指や手関節の伸ばしづらさが自覚されます。

Wartenberg症候群

橈骨神経の浅枝と呼ばれる、親指や人差し指の背中側の感覚をつかさどる神経が、前腕の真ん中付近の筋肉によって挟まれるためにしびれが生ずる疾患です。

正中神経の絞扼性神経障害

回内筋症候群

前腕の肘に近い部分で正中神経が圧迫されることにより生じます。症状としては手根管症候群に似ていますが、肘から前腕にかけての痛みが、腕を使うことにより強くなります。

手根管症候群

手根管症候群絞扼性神経障害の中で最もポピュラーな疾患と言えるかも知れません。主な症状は親指から薬指にかけてのしびれです。そして典型的な場合、薬指のしびれは親指側の半分に限局しており、小指側の半分と小指自体にはしびれは見られません。このしびれ感は朝方が強く、症状が進行しますとしびれや痛みによって目が覚めてしまうこともあります。

手根管症候群原因は、正中神経と呼ばれる神経が、手首の所の手根管と呼ばれるトンネルの中で圧迫されることによります。この手根管というのは手首の付け根の手根骨、と呼ばれる複数の骨が集まって出来るアーチ状のへこみと、その上を覆う靱帯の蓋によって構成されます。このトンネルの中には親指から小指までを曲げるための9本の腱といっしょに正中神経が通っており、ちょうど満員列車のような状況を呈しております。先ほども書きましたがこのトンネルは骨と堅い靱帯によって出来ておりますし、腱もまたある意味硬い組織と言えるでしょう。もし何らかの原因でこの手根管の内部の圧力が上がったり、手根管自体が狭くなったりすると、しわ寄せは手根管の中身で最も柔らかい神経に来ることになります。つまり、神経が圧迫されて症状が出るのです。

この内圧が上昇する原因としては、ホルモンのアンバランス(周産期、更年期)や手の過度使用、さらには関節リウマチや結核などがあります。また手根管自体が狭窄するものとしては橈骨遠位端骨折後の変形、手根骨脱臼などがあります。

手根管症候群を診断するための有名な検査にPhalen test(ファレンテスト)と言うものがあります。これは手首を手のひら側に曲げてしばらくおくと、手根管症候群の場合はしびれなどの症状が強くなります。これも手首を曲げることによって手根管内圧がさらに高まることを利用したものです。

さてこのように神経の圧迫が原因となって指にしびれが生じますが、もう一つ忘れてならないことは、この正中神経が知覚だけではなく運動もつかさどっているということです。簡単に言いますと、正中神経は母指球と呼ばれる親指の付け根の筋肉を動かすための信号を送っているということです。この母指球の筋肉は人が手を使う上で極めて重要な筋肉で、母指の対立運動を可能にしています。

Phalen test(ファレンテスト)対立運動とは平たくいいますとつまみのための運動です。皆さんの手を見ていただくとおわかりと思いますが、親指のツメは手を開いたときにはほとんど他の指と同じ方向を向いています。ところがこの親指と他の指でつまみを行おうとすると親指の爪は他の指と相対する方向を向きます。この動きこそが手の機能の中で最も重要なものであると言っても過言ではないと思います。そして、この動きをコントロールしているのがまさに正中神経の運動枝と呼ばれる神経なのです。

手根管症候群が進行しますとこの運動枝にも影響が及び、母指球の筋肉の動きが次第に悪くなってきます。見た目には手根管症候群が進行すると母指球部が痩せてきます。「指はしびれるし、親指の付け根も痩せてきた」場合は手術を考慮すべき、かなり進行した手根管症候群と考えて頂いてよいと思います。この状態を放っておくと母指球の高まりはすっかり無くなり、対立運動も出来なくなってしまいます。ここまで放置すると、たとえ手根管症候群の手術をしても筋肉運動の回復は期待できませんので、腱移行術という手術によって親指の対立運動を回復させることになります。

検査としては、先ほどのPhalen testの他に、Tinel sign(チネルサイン)と呼ばれる現象を確認いたします。またSemmes-Weinsteinテスターという器具を用いて指の感覚を調べ、さらに神経内の電気信号の伝わり具合を調べるために、特殊な装置を用いて神経伝導速度を測定します。

さて、手根管症候群の治療ですが、軽症の場合は手根管内へのステロイド注射や、夜間の添え木の装着によって軽快することもあります。一方、夜間の痛みが強い場合や、先ほどの母指球の膨らみが痩せてきた場合は手術が選択されます。

手首の付け根の2−3cm程の切開手術では手根管の蓋を構成する靱帯を切って手根管を広げます。その方法として内視鏡による場合と、直視下で行う場合があります。当院では直視下による方法を行っており、その場合手首の付け根の2−3cm程の切開を利用して靱帯を切開します。

術直後は手首に包帯を巻かせていただきますが、指は無理のない程度で、普通に動かしていただいて結構です。手術翌日にキズのチエックをさせていただきますが、その後はご自分でケアをなさってください。その場合、きれいな水(お湯でもかまいません)で傷口を軽く洗っていただいた後に、処方しました抗生物質入りの軟膏をキズの縫合部に塗布し、バンドエイドを貼付してください。普通サイズのバンドエイドで十分傷口を覆うことが出来ます。ただ、御心配な方はクリニックに消毒に通っていただいても結構です。

抜糸は通常1週間から10日で行います。抜糸をしましても傷口の強度はあまり強くありませんので、さらに2週間ほどは無理をなさらないことをお勧めいたします。

手根管症候群の術後ですが、抜糸後2週目頃からキズ自体の痛みと同時にキズの深い部分にも痛みが起こって来る、ということを是非覚えておいてください。この痛みは通常3ヶ月から半年ほどで改善いたします。また、握力の回復にもおよそ3ヶ月程度かかります。

尺骨神経の絞扼性神経障害

肘部管症候群

手根管症候群が主に親指側3本がしびれるのに対してこの肘部管症候群では小指と、薬指の小指側半分がしびれることが特徴と言えます。

肘部管症候群この肘部管症候群は尺骨神経と呼ばれる神経が圧迫されることによって症状が現れ、手根管症候群が手首で圧迫されていたのに対して、肘の部分で尺骨神経が圧迫されることにより症状が出現いたします。症状は通常、腕の小指側から薬指と小指にしびれが見られ、この症状は肘を曲げると増強します。また夜間、朝方に症状が強く痛みを覚えることもあります。そのまま放っておくと手の内部の筋肉の麻痺による症状が出現いたします。

手根管症候群の所でもお話しいたしましたが、肘部管症候群を起こす原因となる尺骨神経もまた正中神経と同様、感覚だけでなく手の中の小さな筋肉の働きを制御しております。この手の中の小さな筋肉の働きは手の機能にとって欠くことの出来ない重要なものです。

肘部管症候群で起こるこれらの筋肉の症状としては、手の甲の指の付け根と付け根の間の筋肉が痩せることがあります。また同じように親指の付け根と人差し指の付け根の間のふっくらした筋肉もやせてまいります。その結果、つまみ動作がうまく出来なくなったり、指がしっかり伸びなくなったりしてきます。さらにこの神経に支配されている腕の筋肉の力が弱くなると、手首や指を曲げる力が弱くなってきます。

尺骨神経

原因は肘の内側の尺骨神経が通る部分で、神経に圧迫が起こることによります。詳しく言いますと、肘の内側の内側上顆と呼ばれる骨の出っ張った部分のすぐ後ろのやや手首寄りで、神経が筋肉の中に入る部分で起こると言われていますので、その部分を切開して開放し神経にかかる圧力を軽減すればいいことになります。

また、肘を曲げていただくとわかると思いますが、肘を曲げることによって後ろ側にある皮膚が突っ張ります。尺骨神経も同じで、内側上顆の後ろを通る尺骨神経も肘の屈曲によって伸ばされます。そのため、手術では先の神経が筋肉に入る部分のみではなく、内側上顆の前後数センチにわたって尺骨神経を剥離し、内側上顆よりも前方に移行する処置を行います。

この処置は内側上顆の高まりの部分を切って行う場合と、単純に皮下に移動する場合と、筋肉の仲に移動する方法などがあります。いずれにしましても、このような操作を行うためには肘の部分の皮膚を10cm以上切開する必要があります。

Guyon管(ギヨン管)症候群

尺骨神経が手の小指側の感覚と、手の中の小さな筋肉を制御していることは先に書きました。つまり、尺骨神経も感覚枝と運動枝にわかれていますが、その分岐部の近く、手の平の奥にギヨン管と呼ばれるトンネル上の構造物があります。ここで神経が圧迫されて症状が起こることをGuyon管症候群と言います。治療方法は同じく手術によって除圧をはかります。